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プロフィール〜整体への志し 東京から信州松本へ=そして目標であった開業へ |
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1960年生まれ 北海道出身 |
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20才で東京に上京平凡なサラリーマン生活をおくる |
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30代起業を志し模索し始める |
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時代はまさに健康・癒しの言葉が走り始めていた |
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「これだ!」と自分自身の心が叫ぶ |
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気がついたらもう勉強を始めていた |
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そして苦難の道が待っている事も知らず・・・ 走りはじめたのである 1994年の年であった |
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仕事と勉強の両立 |
仕事と勉強に追われる 日々が始まる 寝る間も惜しんで もくもくと知識や技術の習得を重ねて言ったが 家族からの協力は得られず 冷ややかな視線の中 技術の習得は思いのほか困難を極めていた それでも己を信じ 反対されても志を曲げる事が出来ず 知識と技術の習得に励む毎日を続けていった
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出張施療と自宅施療 |
時はまたたくまに過ぎ 知識や技術の習得も無事終了し 出張と自宅施療が行えるまでになっていた 実際にクライアント施療は緊張の連続 そんな中で如何に基本が重要かを 思い知らされるのであった 気がつくと いつの間にか口コミで噂が広がり予約に追われる毎日になっ ていた 緊張と疲労はピ-クに達していたが 先に開業していた仲間からはどうしたらそうなれるのかとよく質問された 事がありました まだ本格的に施療院を持たない私は 自宅に1台のベットと出張施療が ほとんどで 必要経費は最小限に抑えることができ そこで開業資金を 稼ぎ出す事ができたのである それは大いなる自身に繋がり 嬉しい誤算でもあった 「苦労は必ず実るものだと」 確信し始めていた・・・
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目標の開業 |
その後 自然溢れる信州松本に移り住む事になり 整体施療院をオ-プンする事ができた 持ち前の明るさとバイタリティ-で連日予約で一杯になる状況が続いていた なんと開業3ヶ月目から 月間200〜250人 連続24ヶ月達成していた そんな時 東京でお世話になった大手整体学院の学院長からの依頼を受け 学院経営に携わることになる 施療院経営をしながら学院経営に携わる事 は多忙を極めたが 学院の仕事も順調に推移していった 当時は 週4日学院での仕事 週3日松本で施療院の仕事(開業3年目時) 当初 学院内附属の施療院は1日の来院数25人〜40人程度であった そして大改革が始まる 「当たり前のことを拾い集めて当たり前にやる」 独自の接客術とスタッフへの意識改革を徹底することで目に見えて 来院数が日々伸びていった スタッフは全員卒業生 技術的には未熟な部分もあったが 「接患マナ- 安全管理 身だしなみ 立ち振る舞い 施療技術の基本の徹底」 すべてにおいて基本を大切にすることで彼等は大きな自信を身に付けて いった そしていつしか 患者さまから愛される施療院になっていた 気がつくと 私が学院を退職するまでの6年間で 月間来院数 1500人を超えるまでになっていた まさしく 基本の徹底が生み出した結果である そしてスタッフ全員の「当たり前の事を当たり前に」の 実践こそがあったからである
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リニューアル |
2004年 春役目を終え 信州松本へ この年から 新たな勉強を始め今後の施療院経営に生かすこととしました そんな中 施療院も新たにリニューアルして名称変更 スク-ルとセミナ- の立ち上げも行いました
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